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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)303号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(一) 成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例は、日本ビニル工業会塩ビ重金対策特別委員会が安定剤メーカー各社より提出された塩ビ(塩化ビニル)用安定剤の無カドミウム処方を集録したものの中、「第一輯(軟質フイルムおよび硬質フイルム)」に関する無カドミウム安定剤処方集であつて、その「I軟質製品、1軟質フイルム(包装、雑貨用)、1・1カレンダー加工、1・1・1無色透明、(1)可塑剤量三五~五〇phr、(b)無カドミウム無鉛(「無カドミツム」との記載は「無カドミウム」の誤記と認める。)」の項に、会社名「日東化成」、処方(phr)「(1)農ビ配合Epoxy 化合物三~五、ブチル錫ラウレート系一・〇~二・〇、ブチル錫マレート系〇・二~〇・五、BaSt(またはCaSt)〇・五、ZnSt〇・一~〇・二、滑剤2〇・一~〇・三、(2)一般用配合(以下略)」(第五頁第一一行ないし第一八行)と記載されていることが認められ、このように記載された日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物三~五phrとの記載は、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対しエポキシ化合物の配合量が三~五重量部であることを示していることは、当事者間に争いがない。

原告は、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の成分は、特定の成分でなければならず、エポキシ樹脂型か可塑剤型か、さらに可塑剤型であるとすれば、例えば、エポキシ大豆油であるか、エポキシ化アマニ油であるかなど一つの物質に特定されるべきであるのに、引用例にその記載がないということは、その特定の成分は不明ということであり、審決認定のようにエポキシ化合物について可塑剤と記載されていないとの理由のみで、エポキシ樹脂型と可塑剤型とを意味するというのは、誤りである旨主張する。

前記審決の理由の要点によれば、審決は、引用例が特許法第二九条第一項第三号に規定された、特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であることを前提として、「本願第一発明は、引用例に記載の組成物とは同一といわざるをえないから、本願第一発明は、引用例に記載された発明と同一である。」と判断したものであるところ、特許出願に係る発明が引用例たる刊行物に記載された発明と同一かどうかを判断するためには、その前提として、前者の発明の特許出願当時を基準にして考えて、この発明の属する技術分野における通常の知識を有する者、すなわち当業者において引用例をみるならば、引用例たる刊行物に当業者が容易に実施することができる程度に発明の内容が記載されていなければならず、発明の内容が記載されているというためには、少なくとも、その構成が明らかにされていることを必要とする。したがつて、原告の前記主張は、本願発明の特許出願当時を基準にして考えて、当業者が引用例に記載された日東化成農ビ組成物を構成する物質のうち、エポキシ化合物との記載から、その内容を明確に理解することができるかという見地から検討されなければならない。

ところで、弁論の全趣旨によれば、エポキシ化合物は、エポキシ基(オキシラン環)を分子中に含有する化合物の総称であることが認められ、本願発明の特許出願当時、塩化ビニル樹脂用配合剤としてのエポキシ化合物には、エポキシ樹脂型と可塑剤型とがあり、塩化ビニル製造の技術分野において、両型とも塩化ビニル樹脂の安定剤または安定助剤として使用されていたことは当事者間に争いがなく、引用例は塩ビ用安定剤の無カドミウム処方を集録したものであることは前記認定のとおりであるから、当業者は、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物三~五phrとの記載をみるならば、通常(後記(二)において検討するような格別の事由の存しない限り)、この記載は、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対しエポキシ樹脂型と可塑剤型とを含む上位概念としてのエポキシ化合物三~五重量部を配合することを意味するものと容易に理解することができるというべきであつて、この記載がエポキシ樹脂型と可塑剤型とを意味すると解することはできないという原告の前記主張は採用できない。

引用例に記載された日東化成農ビ組成物の安定剤の処方がどのようなものであるか、刊行物の作成時の状況や作成者の意図をも考慮して把握すべきであるという原告の主張は、引用例に記載されたものの内容を厳格にそれらの資料のみに基づいて認定すべきである、あるいは必らずそれらの資料を斟酌すべきであるとする趣旨の主張としては理由がないことは、先に説示したところから明らかである。

(二) 原告は、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物は、エポキシ樹脂型でなく、可塑剤型である旨主張し(事実摘示第二4(一)(2)ないし(4))、この主張は、エポキシ化合物との語が記載されていても、当業者において、この記載はエポキシ化合物中の可塑剤型を意味し、エポキシ樹脂型を含まないものと理解するとの趣旨の主張と解すべきところ、引用例たる刊行物に記載された語自体は上位概念を意味するものであつても、当業者において、下位概念としてこれに包摂されるすべてを意味するものではなく、特定のものに限定されると容易に理解されるものと認められる格別の事由が存するときは、当業者の理解するところに従い、これを限定的に解すべきであるので、原告の前記主張の当否について検討する。

(1) まず、原告は、本願発明の特許出願当時、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し、可塑剤型は三~一五重量部程度使用されるが、エポキシ樹脂型は二重量部以下の量で使用されるのが技術常識であつたところ、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の使用量は軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し三~五重量部と記載されているから、この記載はエポキシ樹脂型を示すものでないことは明らかである旨主張する。

成立に争いのない甲第四号証(編集代表者後藤邦夫「プラスチツクおよびゴム用添加剤実用便覧」株式会社化学工業社昭和四五年八月一〇日発行)によれば、安定剤の使用量について、軟質塩化ビニル樹脂の場合には、「Cd―Ba―Zn,Ba―Zn,Cd―Ba―Pb の複合安定剤、金属石けんに〇・五~二PHR(可塑剤型)、〇・五PHR以下(樹脂型)を用いる。Ca―Zn 系では三~五PHR(可塑剤型)に増量する。」(第一八〇頁下から第五行、第四行)と記載されていること、成立に争いのない甲第七号証(水谷久一、加藤文夫共著「ビニル樹脂」株式会社誠文堂新光社昭和三五年一〇月一五日発行)によれば、エポキシ化合物の項に、「グリシジールエーテルとエポキシ化エステルとに分けられる。塩化ビニル樹脂に対して前者は可塑剤としての作用は十分でなく、おおむね一・〇~二・〇phrの量で配合され、後者は可塑剤及び安定剤としての両作用を有し、三~一五phrの間で、一次可塑剤の一部を置換して使用されることが多い。換言すれば後者は安定剤というよりは寧ろ可塑剤の範疇に入る(「寧ら」は「寧ろ」の誤記と認める。)。」(第三〇七頁下から第二行ないし第三〇八頁第三行)、「また最近グリセリンのグリシジルエーテル(Epikote 八一二)、ポリ(アリルグリシジルエーテル)等も安定剤として検討されている。(中略)Epikote 八二八~八三四の程度が最も安全に且つ有効に使用し得る。このものはまた可塑剤の酸化分解を防止する性能を有する。配合量に比例して熱光安定性を改良するが、普通には一~二phrが適当であろう。過量の使用はシートに密着性(Blocking)を生じさせる。」(第三〇九頁下から第七行ないし第三一〇頁下から第三行)と記載されていること(右記載中のグリシジールエーテルはエポキシ樹脂型、エポキシ化エステルは可塑剤型を意味することは技術常識である。)、成立に争いのない甲第九号証(「プラスチツクス第一八巻第五号」株式会社工業調査会昭和四二年五月一日発行)には、「安定剤としてのエポキシ樹脂は、比較的低分子量のものが多く、通常塩化ビニル樹脂一〇〇に対して一~五重量部のエポキシ樹脂を金属系安定剤と併用している。また塩化ビニル製品は可塑剤を添加した軟質製品から、可塑剤をまつたく含まない純硬質製品まで製造されるが、軟質製品には一般的にエポキシ系可塑剤がDOPなどの一次可塑剤の一部置換として使用されており、エポキシ樹脂は軟質分野においては特殊用途として、(中略)のみ使用されている。」(第五六頁左欄第一一行ないし第二四行)と記載されていることがそれぞれ認められ、これらの技術文献には、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し使用するエポキシ化合物の量は、可塑剤型は〇・五~二重量部(Cd―Ba―Znなどの複合安定剤、金属石けん)又は三~五重量部(Ca―Zn系)、三~一五重量部等比較的多量であるのに対し、エポキシ樹脂型は〇・五重量部以下、一・〇~二・〇重量部、一~五重量部等比較的小量であると記載されていることは明らかであるが、これらの記載に従つても、可塑剤型でも三重量部以下、エポキシ樹脂型でも二重量部以上の量が使用される場合があるから、前記記載から直ちに、本願発明の特許出願当時、塩化ビニル製造の技術分野において原告主張のような技術常識が存在したとはいえない。

かえつて、成立に争いのない乙第二号証(米国特許第二、五六四、一九四号明細書)によれば、右明細書記載の発明は、無機酸―形成要素を含有する高分子有機材料の安定化に関する発明であるが、実施例6として、塩化ビニル樹脂(Geonlol)一〇〇部、可塑剤であるジ(2―エチルヘキシル)フタレート四〇部にエポキシ樹脂型であるグリシジルエーテル一・五または三・〇部を加えた軟質塩ビ組成物が開示されていること(第九欄第三二行ないし第一〇欄第九行)、成立に争いのない乙第三号証(昭和五一年特許出願公告第三七四〇号公報)によれば、右公報記載の発明は、「塩化ビニル系樹脂に、その樹脂一〇〇重量部当り一~一〇部のトリキシリルフオスフエイトと〇・五~七重量部のエポキシ化合物とを配合してなることを特徴とする耐候性塩化ビニル系樹脂組成物」を特許請求の範囲とするものであり、発明の詳細な説明中には、この発明は「特に耐候性に優れた農業用塩化ビニルフイルム成型用の塩化ビニル系樹脂組成物に係るものである。」(第一欄第二四行ないし第二六行)と記載され、可塑剤として一般に知られているジオクチルフタレート(DOP)を配合したもの(第四欄第二八行ないし第三〇行)に併用するエポキシ化合物として可塑剤型とエポキシ樹脂型が挙げられていること(第三欄第四二行ないし第四欄第四行)、成立に争いのない乙第五号証(昭和四八年特許出願公告第一〇〇六一号公報)によれば、右公報記載の発明は軟質塩化ビニル樹脂を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物に関する発明であつて、効果的な補助安定剤としてポリ塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し〇~一〇〇重量部の範囲のエポキシ化合物を用い、このエポキシ化合物として、エポキシ化大豆油などの可塑剤型(第九欄第二九行ないし第一〇欄第一六行)と共に、エポキシ樹脂型である、2・2―ビス(4―ヒドロキシ―フエニル)プロパン(ビスフエノールA)のような多核フエノール類とエピクロルヒドンのようなハロゲン含有エポキシ化物との反応生成物が挙げられていること(第六欄末行ないし第七欄第四〇行)がそれぞれ認められる。

原告は、前掲乙第二号証について、エポキシ樹脂型が安定剤としての効果を奏する面のみの説明がなされているにとどまり、得られる塩化ビニル樹脂の他の性質は考慮されていない旨主張するが、前掲乙第二号証によれば、右明細書記載の発明は、透明性や耐湿性を損なうことなく諸物性の変化に対する抵抗が付与された有機高分子組成物を提供することを目的とするものであつて(第一欄第三行ないし第八行)、実施例6において、そのような有機高分子組成物にエポキシ樹脂型三重量部を添加し得ることを開示しているものと認められるから、原告の右主張は理由がない。また、原告は、前掲乙第二号証の実施例6で使用されるエポキシ樹脂型は一・五~三重量部にすぎず、しかも、日東化成農ビ組成物のように、塩化ビニル樹脂中においてエポキシ樹脂型を硬化させる可能性のある有機金属化合物を併用する場合には、エポキシ樹脂型を使用するとしても、その使用量を少なくしなければならないのでこの化合物と併用しない実施例6はこの化合物との併用においてエポキシ樹脂型を三重量部より多い量まで使用できることを示唆するものでない旨主張するが、右実施例6におけるエポキシ樹脂型の使用量三重量部は、日東化成農ビ組成物におけるエポキシ化合物の使用量の範囲内であるから、前掲乙第二号証は、日東化成農ビ組成物におけるエポキシ化合物にエポキシ樹脂型が含まれないとする原告の主張の前提である「本願発明の特許出願当時、塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対しエポキシ樹脂型を二重量部以下の量で使用するのが技術常識であつた。」との点の真否を判断する資料たり得るものであるのみならず、成立に争いのない甲第六号証(「プラスチツクス第一四巻第五号」株式会社工業調査会昭和三八年五月一日発行)及び前掲甲第四号証、第七号証及び第九号証によれば、エポキシ樹脂型がスズ、亜鉛等の有機金属化合物(金属石けん)と併用されるのは、耐熱、耐候性等において相剰効果を奏することにあると記載されているが、併用する場合にエポキシ樹脂型の使用量を少なくすべきことについては、何らの記載も存しないことが認められ、ほかに併用する場合にはエポキシ樹脂型の使用量を少なくすべきものと認めるに足りる証拠はないから、これと異なる見解に立脚する原告の右主張は理由がない。さらに、原告は、前掲乙第三号証は、引用例頒布後である昭和五一年二月五日に公告されたものであるから、判断資料にはなりえない旨主張するが、引用例に記載された日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物がどのようなものと理解されるかは、本願発明の特許出願当時における当業者の認識、理解を判断基準とすべきであり、乙第三号証の公告日は本願発明の特許出願前であることは明らかであるから、原告の右主張は理由がない。また、原告は、前掲乙第三号証は、エポキシ化合物とトリキシリルフオスフエイト(TXP)とを併用してはじめてエポキシ化合物が〇・五~七重量部使用可能になることを示しており、また実施例1は、引用例で問題としている有毒金属であるカドミウム有機金属化合物を用いた例であり、かつ、この有機金属化合物は通常エポキシ樹脂型の硬化剤とは考えられていないから、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の解釈には参考にならない旨主張するが、前掲乙第三号証によれば、同号証記載の発明は、耐候性に優れた農業用塩化ビニル系樹脂組成物として塩化ビニル樹脂中にトリキシリルフオスフエイト(TXP)を配合した組成物の改良に係るものであり、耐候性を向上させる助剤としてエポキシ化合物を用いる場合、その配合量に限度があり、多く配合するとブリード現象を引き起こすという技術的問題点を解決するためエポキシ化合物とトリキシリルフオスフエイト(TXP)とを所定の重量部配合してなることを特徴とするものであることが認められるが、同号証によつても、トリキシリルフオスフエイト(TXP)を添加するためエポキシ樹脂型の使用量を〇・五~七重量部(原告主張の技術常識からすれば二重量部以上)まで使用することが可能になつたという関係は明らかでなく、また、前掲乙第三号証は、軟質塩化ビニル樹脂にエポキシ樹脂型を〇・五~七重量部配合し得ることを開示するものであるから、実施例1においてカドミウム有機金属化合物を用いたからといつて、乙第三号証が日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の解釈には参考にならないとはいえないから、原告の前記主張は理由がない。

したがつて、前掲乙第二、第三、第五号証(前記明細書及び特許公報)の記載事項によれば、本願発明の特許出願当時、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し、安定剤としてエポキシ樹脂型を、三重量部を越えて配合する場合が特別でなかつたことが明らかであつて、当業者が日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物三~五重量部との記載をみて、使用量の点からこのエポキシ化合物は可塑剤型のみを意味し、エポキシ樹脂型を含まないものと理解するとは到底認めることができない。

原告は、エポキシ化合物の使用量に関連し、引用例に開示された無カドミウム安定剤についての多数の処方には、その中のエポキシ化合物について「エポキシ樹脂」なる記載は全くなく、「エポキシ」、「エポキシ化合物」なる記載もあるが、多くは「エポキシ可塑剤」あるいは「エポキシ化大豆油」、「エポキシ大豆油」(これらは共に可塑剤型である。)と記載してあり、その使用量は日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の使用量と類似した二~五重量部であるから、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物がエポキシ樹脂型でないことは明らかである旨主張する。

前掲甲第三号証によれば、引用例には、前記軟質フイルム、カレンダー加工、無色透明、可塑剤量三五~五〇phr、無カドミウム無鉛のものとして、日東化成農ビ組成物以外にも多数の安定剤処方が記載してあり、その処方中には、「エポキシ可塑剤」、「エポキシ化大豆油」、「エポキシ大豆油」、「エポキシ化合物」などの記載が存するが、「エポキシ樹脂」なる記載は存しないことが認められるが、安定剤としてエポキシ樹脂型も用いられることは前記認定のとおりであるから、これらの記載は、当業者には、通常、可塑剤型のみを用いる場合に、「エポキシ可塑剤」又は、可塑剤型中の「エポキシ化大豆油」、「エポキシ大豆油」との表現を用い、エポキシ樹脂型と可塑剤型との両者を含む場合に上位概念である「エポキシ化合物」なる語をもつて表現したものと理解されるものであり、しかも、使用量からみて、「エポキシ化合物」が可塑剤型かエポキシ樹脂型か限定できないことは前記認定のとおりであるから、引用例に記載された他の無カドミウム処方との対比から、当業者において、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物は可塑剤型を意味し、エポキシ樹脂型を含まないものと理解するということはできない。

また、原告は、引用例は、軟質の無色透明のフイルムを対象とした安定剤処方集であるから、日東化成農ビ組成物が塩化ビニル樹脂の剛性を増す作用を有し、有機亜鉛化合物や有機スズ化合物により硬化が促進されるおそれのあるエポキシ樹脂型のものを技術常識に反して多量に使用しているとは考えられない旨主張する。

成立に争いのない甲第五号証(後藤邦夫他二名編「高分子改質技術」株式会社化学工業社昭和四七年一〇月一日発行)によれば、有機亜鉛化合物や有機スズ化合物はエポキシ樹脂の硬化剤として用いられることが認められるが、他方、前掲甲第四号証、第七号証及び第九号証によれば、エポキシ樹脂型は可塑剤としての作用が十分でないだけであつて、エポキシ樹脂型を有機亜鉛化合物などの有機金属化合物(金属石けん)と併用することは普通に行われており、その場合のエポキシ樹脂型の使用量も二重量部以下に限定されるものでないことが認められ、原告主張のように、エポキシ樹脂型を有機亜鉛化合物や有機スズ化合物と併用することにより、塩化ビニル樹脂の剛性を増し、硬化を促進させることが技術常識であつたと認めるに足りる証拠もないから、原告の前記主張は採用できない。

(2) 次に、原告は、引用例頒布当時、塩化ビニル業界が食品と接触する塩化ビニル樹脂組成物への添加物について定めた自主規制規準によれば、安定剤として使用できるエポキシ化合物にはエポキシ樹脂型は含まれていないから、無カドミウム処方である日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物はエポキシ樹脂型を意味するものといえない旨主張する。

しかしながら、原告が援用する成立に争いのない甲第一二号証の一の二(塩ビ食品衛生協議会編「塩化ビニル製食品容器包装に関するポジテイブリスト」幸書房昭和四五年一二月一五日発行)、同号証の二(前同書改訂第二版、同協議会昭和四七年四月発行)によれば、このポジテイブリストは、塩ビ食品衛生協議会が厚生省の指導のもとに作成した食品向け塩化ビニル製容器包装材料の自主規制の規準であるが、この規準に適合し同協議会が推奨するエポキシ化合物中には、「エポキシ化ポリブタジエン」が挙げられていることが認められるところ、前掲甲第九号証によれば、エポキシ化ポリブタジエンは、エポキシ樹脂型の安定剤として用いられているものであることが認められるから、原告の前記主張は、安定剤として使用できるものとして塩化ビニル業界が推奨するエポキシ化合物にエポキシ樹脂型は含まれていないとの前提において誤つており、理由がない。

(3) 原告は、引用例頒布当時日東化成において製造販売していた農ビ組成物中のエポキシ化合物は可塑剤型であるから、引用例に記載された日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物は可塑剤型とみるべきである旨主張する。

審決は、引用例が特許法第二九条第一項第三号に規定された刊行物であることを前提として、本願第一発明と日東化成農ビ組成物とは同一であると判断したものであることは、前記(一)において説示したとおりであつて、引用例に記載された日東化成農ビ組成物が本願発明の特許出願前に公然知られた発明(同項第一号)または公然実施をされた発明(同項第二号)であると判断したものではないから、日東化成が現実に製造したものが何であるかは審決の判断とは直接関係がない。もつとも、本願発明の特許出願当時、日東化成が現実に製造していた日東化成農ビ組成物のエポキシ化合物が可塑剤型に限定されており、そのことが当業者に周知であつて、当業者が引用例に記載された日東化成農ビ組成物の処方をみるならば、当然そこに用いられているエポキシ化合物が可塑剤型であつて、エポキシ樹脂型を含まないものと理解すると認められるならば、当業者の理解するところに従い、これを限定的に解すべきであるが、成立に争いのない甲第八号証(「TVS」日東化成株式会社発行、発行年月日不詳)及び甲第一三号証(塩化ビニル製品工業会編「塩化ビニル材料便覧」株式会社工業調査会昭和四一年七月二五日発行)によれば、日東化成が製造販売している塩化ビニル製品の配合例として、可塑剤型のエポキシ化合物が記載されているものであることが認められるが、これらの配合例が農ビ配合であることを示す記載はなく、また成立に争いのない甲第一四号証(「最近のPVC用低・無毒性添加剤とその配合例」株式会社シーエムシー昭和五一年七月二六日発行)によれば、その日東化成の推奨配合例「1・8農ビ」の項には、「エポキシ可塑剤三~五、TVS一三五〇(前記)〇・五~〇・八、ジブチル錫ラウレート系一・〇~二・〇、Ba―St〇・三~〇・五、Zn―St〇~〇・一」(第二五一頁右欄第一七行ないし第二一行)と記載され、「1・1・2低毒用」の項には、「TVS―一三五〇(有機錫メルカプトliq)」(第二五頁右欄第一一行、第一二行)と記載されていることが認められるが、この記載は引用例に記載された日東化成農ビ組成物とはブチル錫マレート系が含まれていない点において配合する有機錫化合物を異にするものであり、また、一技術文献にこのような記載があるからといつて直ちに日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物が可塑剤型に限定されていることが当業者に周知であるとはいえない。

したがつて、当業者において、日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物の記載を可塑剤型に限定されると容易に理解されるものと認むべき格別の事由が存するとはいえない。

(三) 以上のとおりであつて、引用例に記載された日東化成農ビ組成物中のエポキシ化合物三~五重量部との記載は、当業者には、軟質塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対しエポキシ樹脂型と可塑剤型とを含む上位概念としてのエポキシ化合物三~五重量部を配合することを意味するものと理解されるものというべきであるところ、前記本願第一発明の要旨によれば、本願第一発明における低毒性塩化ビニル樹脂組成物はエポキシ樹脂〇・一~一〇重量部を含有するものであり、このエポキシ樹脂は特にこれを構成する物質を特定のものに限定していないから、当業者が通常用いる意味でのエポキシ樹脂を意味するものというべく、したがつて、本願第一発明と引用例に記載された日東化成農ビ組成物とはエポキシ樹脂型のエポキシ化合物を含有する点において同一であり、この点に差異があるとすることはできない。

そうであれば、「本願第一発明と引用例に記載の組成物とは同一といわざるをえないから、本願第一発明は、引用例に記載された発明と同一である」とした審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法はないというべきである。

3 よつて、審決の違法を理由に、その取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(一) 塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し、有機亜鉛化合物〇・一~五重量部及びエポキシ樹脂〇・一~一〇重量部を含有する塩化ビニル樹脂組成物に有機スズ化合物〇・〇〇一~三・〇重量部を添加してなることを特徴とするブツ発生の抑制された低毒性塩化ビニル樹脂組成物(以下「本願第一発明」という。)

(二) 塩化ビニル樹脂一〇〇重量部に対し、有機亜鉛化合物〇・一~五重量部及びエポキシ樹脂〇・一~一〇重量部を含有する塩化ビニル樹脂組成物に有機スズ化合物〇・〇〇一~三・〇重量部及び水滴防止剤を添加してなることを特徴とするブツ発生が抑制され透明性が維持された低毒性塩化ビニル樹脂組成物(以下「本願第二発明」という。)

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